「耳が良い」は鍛えられる!?
音楽やオーディオの界隈にいると、よく「耳が良い」って言葉を耳にします。僕も他人からそう言われたことがあります。意味合い的には、「音程や音色の聴き分けに優れている」または「細かな音の違いや、聴き逃してしまいそうな小さな音に気づける」といった感じだと思うのですが、多くの人は、自分にはそんな能力ないやって思ってるんじゃないでしょうか?僕の周りでは、特に映像や写真など、ビジュアル界隈の人からそういったことを聞くことが多いです。でも、本当にそうなんでしょうか?映像や写真やってる人だって、最初は何が良くて何がダメかなんて分からないけど、色味や構図など、やってるうちにだんだんと分かってきたんじゃないでしょうか?音も同じです。個人的には「耳の良さ」は誰でもある程度なら鍛えられると思っています!
みなさんはカクテルパーティー効果というのをご存知でしょうか?パーティー会場など雑音の多いところでも、自分の気になる人の会話や自分の噂話をする声はよく聞こえてしまうというアレです。または、ショッピングモールなどかなりざわついた場所で、どこかの店舗から自分の好きな音楽が流れてくると、どんなに小さくてもすぐに気づくという経験をしたことはありませんか?これもカクテルパーティー効果です。人間は、自分の興味あるもの、関係のあるものの音(周波数の変動)を聴き分ける能力を誰でも持っているということです。
僕の経験をお話ししましょう。僕は自作曲のピアノ演奏からレコーディング、ミックスまで自分で行うことが多いのですが、録ったものを現場でプレイバックして「いい感じで録れた!」と思っていても、いざミックスをしようと自宅スタジオでデータを展開すると、録音時には気にならなかった音がたくさん聴こえてきちゃって「あれ?」と思うことがあります。どんな音が気になってくるかというと、周囲の環境ノイズやピアノそのものが発するノイズ(整調不足による木の軋み音や金属のビビリ音などの非楽音)、そしてオーディオ的な特定周波数のピーク(ある周波数だけ突出してしまい、ボワ〜ンとしたり、キィィィンとしたりなど、不要な響きが強調されてしまう状態)など、現場ではほとんど気にならなかった音なんですね。どうしてこういうことが起こるのかというと、演奏時には「演奏家の耳」で聴いているけど、ミックス時は「エンジニアの耳」で聴いてしまうからなんです。もうちょっと分かりやすく言うと、レコーディング時とミックス時とでは、音について意識的に聴いてる部分が違うんです。レコーディング現場では、音符的なミスがないか、演奏表現に問題はないか、致命的なノイズが入ってないかなど、音楽的な要素に意識を集中するのに対し、ミックス時は周波数的な問題や、楽器同士の共鳴による不要な響き、微細なノイズなど、オーディオ的な要素に耳を傾けるようになるということなんです。同じ音を聴いてるのに聴こえてくる要素が違うのって不思議ですよね。
別の例も挙げてみましょう。オーディオ愛好家の方などは経験あると思いますが、スピーカーやヘッドフォンを買い替えたときなんかに「いままでに聴こえなかった音が聴こえる!」と思うことがあります。この現象は正確に言うと「いままで気づいてなかった音に気づきやすくなった!」ということになります。もっと言うと、再生機器が変わったことにより聴こえる周波数の分布やトランジェント性能(音の立ち上がり/立ち下がり)が変わり、いままでぼんやりとして埋もれていた音がハッキリと聴こえるようになった…と言えるのではないでしょうか。その状態で使い慣れた機器で聴いてみるとあら不思議。そちらでもちゃんと聴き取れるようになっているのです(笑)。一度覚えた音はちゃんと聴こえるんですよ。当たり前の話なんですが、普段意識していない音がいかに多いかということの証明でもあります。
これらのことから分かるのは、音を聴いているのは耳ではなくて脳であるということ!やはり当たり前のことなんですけどね(笑)。でも、ここで僕が言いたいのは、「耳の良さ」は身体的な耳の性能ではなく、脳に蓄積される情報と経験の産物だということ。身体的な耳の性能は、多少の差はあれど、誰だって老化によって衰えていくもの。でも、ご高齢の演奏家やエンジニアでも「耳の良い」人はたくさんいらっしゃいますよね。それは、ひとえに経験の賜物。つまり「耳の良さ」は後天的なものであり、訓練すれば誰でもある程度は鍛えられるということなんです!
では、どうしたら耳を鍛えられるのか?そのためには、まず音の認識力を高めること!音の存在を脳に叩き込むといった感じでしょうか。僕の経験からすると、とにかくたくさんの音を聴くのが一番の近道。誰でもすぐに出来ることとしては、目を瞑っていまこの瞬間に自分の周りで鳴っている音をひとつずつ特定し、それらの音量や方向を意識すること。時間があったらそれらの音をひとつひとつ紙に書き出したり、鳴ってる音の配置を地図のように配置した図を書くのも良いでしょう。
音の編集やミックスをしたい人、オーディオを趣味にしたい人なんかは、まずは手持ちのスピーカーやヘッドフォンで自分の好きな曲(まずは1曲)を何度も聴き込む。その際、その曲を構成している音…例えばピアノだったりベースだったり、ドラムの各パーツやピコピコと鳴っているシンセのシーケンス、はたまた残響音そのものなど、鳴っている音ひとつひとつに意識を集中して、その音だけを追いかけるように聴く。これだけでも聴き分ける能力は上がると思います。そうやってその曲を構成している音を覚えたら、家電量販店などへ行って気になるスピーカーやヘッドフォンで同じ曲を聴きまくる!そうすると「このスピーカーは残響が聴こえにくいな」とか「このヘッドフォンはベースの音が聞き取りづらいな」とか、そういった機種による違いが分かるようになってくると思います。と同時に、「低音が出過ぎてる」「中音域が鼻つまみっぽい」など、周波数特性的な違いも分かるようになってくると思います。プロのエンジニアを目指す場合は、特にフラットな出音だと言われている機器を多く聴いて、自分の中で「中庸なバランス」の基準を作っていくと良いでしょう。(ヘッドフォンの場合、ゼンハイザー HD650をひとつの基準としてもいいかもしれません。フラット基調で普遍的な良い音のヘッドフォンのひとつだと思います。)最終的には、そういった比較情報の蓄積がキモになってきます。
音楽家であれば、同じ曲を演奏家や楽器を変えてたくさん聴く。良いものも悪いものもすべて。それらを比較して、良い演奏、良い音とはどんなものかを体験する。それを繰り返していくと音楽的な耳を鍛えられると思います。それを元に自分が出したい音がどんなものなのかを明確にイメージし、それをどうやったら出せるかを考え、工夫し、鍛錬すれば、演奏能力も劇的に上がると思いますよ!まぁそれには演奏時の身体の使い方や楽器の構造など、他にも理解しておかないといけないものが多々ありますが、その辺は割愛。
と、ここまで書いておいて何ですが、何事もやりすぎは禁物。音の細部に固執するあまり「木を見て森を見ず」的な状態に陥りがちです。映像の音声にしろ、音楽にしろ、すべてはバランスの上に成り立っているもの。俯瞰的に音を聴くことも忘れないでください!僕の場合は、ながら聞きをよくしますね。ミックスのバランスをチェックする際に、SNSやWeb記事をチェックしながら聞く。他に意識が行ってる状態でも違和感を感じたらそこは直すべきポイントだし、それを逆手に取って聴取者の注意を引きつけることもできます。細部を聴き、全体を聞く。この辺りのバランス感覚は結構重要だと思います。
といった感じで、このところよく思うことをつらつらと書き綴ってみました。聴く訓練に関しては、やはり脳の働きのことがあるので、若い方が圧倒的に有利だとは思いますが、中年以降でもそれなりに効果はあるんじゃないかな…たぶん(笑)。「耳が良い」のことを抜きにしても、脳を活性化させるのにも良い訓練かもしれませんね!
音の聴き方が分かってくると、雨音や木々のざわめき、はたまた工事現場の騒音の中にも良い音と思えるものを発見できるようになる…かもしれません(笑)。少なくとも僕はそうなりました。音や音楽を深く聴けるようになると、日々の生活がより楽しくなりますよ、きっと♪