「フラットな音」を聴いてみよう!
音楽制作でもMAでも、音を聴くモニター環境は大事です。スピーカーであれヘッドフォンであれ、そこから出てきた音を聴いて、それに対してあーでもない、こーでもないと音をいじるワケで、つまり、こういったミックス作業というのは、取りも直さず相対的な作業だと言えます。なので、使うスピーカーやヘッドフォンが変われば、当然、仕上がりも変わってきます。じゃあ、なにを基準にしたら良いのか?そこで「フラットな音」の出番です。
「フラットな音」というのは、つまり「全周波数がすべて同じ音量で鳴っている状態」のことです。まぁ、現実にはそんな製品はありませんよね(苦笑)なので、モニター機器を選ぶときは「出来る限り周波数的な脚色を抑えたもの」を選ぶことになります。けど、どうしたって製品固有のキャラは出てるし、スピーカーなんかだと部屋の壁やら天井やらの反射によって低域が膨らんだり、位相が乱れて定位が曖昧になったりします。その状態でミックスをすると、他の環境で聴いたときにバランスが崩れてしまう恐れが出てきてしまうんですね。例えば、低域が出過ぎた環境でミックスすると、その部分を抑えめにしてしまうので、他の環境で聞いたときに低域が寂しくなってしまったり…。それを解消するためにスピーカーのセッティングを変えてみたり、吸音材やらディフューザーやらで部屋の音響を整えフラットにするには、知識や経験が必要だし、何よりお金がかかってかかってしょうがない(苦笑)
そこで導入してみたのが、Sonarworks Reference 4 という製品。いわゆる音響補正ツールというもので、スピーカーやヘッドフォンの音をフラットに補正するものですね。僕はひとつ前のバージョンから使ってますが、とても重宝しています!
写真や映像をやってる人なんかだと、ディスプレイのキャリブレーションをするのと同じような感覚ですかね。この手の製品は結構前から存在してたんですが、本格的なものは高価な専用のハードウェアが必要だったり、音響測定がシビアで専門スタッフにセッティングしてもらわなければならなかったりと、なかなか敷居が高いものでした。安価なソフトウェア製品も出てはいましたが、使い勝手的にいろいろと不満な点がありました。また、スピーカー自体にその機能を持たせた製品もいくつか出てますが、やはり高価です。しかし、このReference 4は、そのあたりがずいぶんと手軽に扱えるようになっており、痒いところに手の届いた製品になってます!原理的には、スピーカーから発せられる測定音をマイクで拾って測定し、その結果と逆のEQをかけることでフラットにするというもの。上の画像は、自宅スタジオにてJBL LSR305を測定し、補正をかけた状態です。青い線が補正前、緑の線が補正EQ、紫の線が補正後を表してます。補正前は、中域以上は比較的フラットなものの、100Hz〜300Hzあたりの低域〜中低域が大きく膨らんでいました。それが、補正後は全帯域に渡って見事に真っ平らになってるのがわかりますね。聴感上でも気になっていた高域の落ち込みや低域の膨らみが解消され、理想的なバランスになりました!フィルター・タイプをリニアフェイズにすると位相もバッチリ揃った状態になり、定位もビシッと決まりますが、レイテンシー(音の遅延)が発生するので、映像作品の鑑賞やミックス時にはリップが合わなくなります。そういう場合は、多少位相は乱れますが、ゼロレイテンシー設定にしてやると快適です。その状態でも補正なしの時より十分バランスの良い鳴りをしてくれますよ。
測定は専用のマイクを使用し、測定ソフトの指示に従ってリスニングポイント周辺の数十箇所で行います。(マイクを使ってPCに入力することになるので、マイクプリ搭載のオーディオI/Fなどが必要になります)手順の詳細はコチラをご覧ください。高さを揃えるためにマイクスタンドの使用が望ましいですが、手持ちでやってみても結果はほとんど変わらなかったですね。補正後は完全なフラットになるだけではなく、好みに応じて高域や低域の増減ができるし、メーカーが提供する各種スピーカー、ヘッドフォンのシミュレートプリセットも利用できます。古くからのスタジオ定番でいまでも愛用者の多いYAMAHA NS-10Mのシミュレートは、結構それっぽく鳴ってくれて面白いですね。
測定結果は保存できるので、スピーカーの機種ごとに切り替えて使えるので便利です。自宅スタジオではJBL LSR305の他にECLIPSE TD508MK3も使っているので、そちらも補正してますが、効果は絶大です!どちらもフラットにはなってますが、スピーカーの個性は残ってますね。ECLIPSEはタイムドメイン理論で作られたフルレンジユニットのスピーカーなので、2WAYのJBLよりもさらに定位感などがハッキリしているし、フルレンジゆえにJBLより低域は出ません。出音がフラットになったことにより、それぞれのスピーカーのスペックや設計思想がより明確になったという感じです。
ヘッドフォンの補正に関しては自分で行うのではなく、メーカーが測定したプリセットを利用するスタイルです。プリセット機種については随時追加されているし、メーカーにリクエストも出せるようですね。けど、個人的にはヘッドフォンの補正はほとんど使ってません。ヘッドフォンは反射などによる音への影響がないし、そもそもそのキャラが気に入って導入してるので、それをフラットにしてしまうのはちょっともったいないかなと。用途としても、ミックスのバランスを取るというよりはノイズチェックや粗探し、楽器やナレーション録音時のモニター用途、あとは複数機種を使っての最終チェックが主なので、補正してないほうが都合が良かったりするのです(笑)
改善して欲しい点もありますが、いまやなくてはならない存在のReference 4。
最後にメリット/デメリットをおさらいしておきましょう。
【メリット】
・価格が安い。
・測定が容易。
・DAW等にインサートするプラグインとしても使えるし、
OS常駐型としてPCから出る音すべてに適応できる。
・スピーカーだけでなく、ヘッドフォンもキャリブレートできる。
(メーカー測定による機種別プリセット選択式)
・思ったほどCPU負荷は高くない。
【デメリット】
・測定には最低でも専用マイクと、マイクプリ搭載のオーディオI/Fが必要なので、
詳しくない人には若干ハードルが高い。
・処理精度を上げていくと、それなりにレイテンシーが発生する。
(精度は低くなるがゼロレイテンシー設定もある)
・OS常駐型のタイプは、現状、若干不安定で、たまにノイズが発生する。
・DAWや映像編集ソフトにプラグインとして立ち上げた場合、
最終書き出しの前にOFFっておくのを忘れると、悲惨な結果になる(苦笑)
・PCから出る音にしか補正が適応されない。
最後になりますが、「フラットな音」というのは、聴き慣れないうちは地味に感じるかもしれません。周波数的な起伏がないのでドラマチックさに欠けるというか。けど、そういう音が出る環境でバランスを取り、様々な環境で聞いてもなるべく破綻のないように仕上げるのがミックスであり、エンジニアの個性が出る点でもあると思います。そして、基準があるからこそ的確な演出ができる。音に携わる人のみならず、ビデオグラファーの方たちも「フラットな音」のことは知っておいて損はないでしょう。